「もしも自分や家族が、 自分の意思を伝えられなくなったとき、 どこまでの医療を望むか」 — この問いに対して、 はっきり考えたことがある方は、 それほど多くないと思います。 日本では、 こうした話題が長らくタブー視されてきました。

  • ACP (= 人生会議) は「死に方を決める」 ことではなく、 自分らしい生き方を最後まで貫くための話し合いのプロセス
  • DNAR は「治療放棄」 ではなく、 心肺停止時の蘇生処置に限定した意思表示。 普段の治療は変わらず、 いつでも撤回できる
  • リビングウィル は意思を文書化するもの。 法的強制力はないが、 家族の判断を支える拠り所になる
  • 論点は 治療の希望 / 場所と過ごし方 / 意思決定者 の三層に分けて考える
  • 一度で完結させず、 繰り返し話す ことが本質

医療現場で働いていると、 「本人の意思が分からないまま、 家族が重い決断を背負わされる」 場面に何度も立ち会います。 本人にとっても、 家族にとっても、 医療従事者にとっても、 決して楽な場面ではありません。

本記事では、 終末期の意思共有 (ACP・DNAR・リビングウィル) について、 医師として静かに、 フラットに整理します。 何を選ぶべきか、 という押し付けはしません。 ただ、 「考える材料」 と「家族で話し合う言葉」 を用意することが、 本記事の目的です。

ACP — 「人生会議」 という言葉を聞いたことがありますか

ACP (= Advance Care Planning / アドバンス・ケア・プランニング) は、 日本では「人生会議」 という愛称で呼ばれることもあります。 厚生労働省が推進している考え方で、 おおよその内容は次のようなものです。

もしものとき、 あなたが望む医療やケアについて、 前もって考え、 ご家族や医療・ケアチームなどと繰り返し話し合い、 共有する取り組み。

― 厚生労働省「『人生会議』 してみませんか」 より (= 2018 年 11 月、 公募により「人生会議」 と命名。 11 月 30 日は「人生会議の日」)

ポイントは三つあります:

  • 前もって — 元気で意思がはっきり伝えられるうちに考える
  • 繰り返し — 一度決めて終わりではなく、 状況や気持ちの変化に合わせて見直す
  • 家族・医療チームと共有 — 自分だけで完結するのではなく、 関わる人と話し合う

ACP は「死に方を決める」 ことではない。
「自分らしい生き方を、
最後まで貫くための話し合いのプロセス」 である。

なぜ ACP が大事なのか

緊急入院時などでよく起きる場面があります。 患者さんの意識が混濁し、 医療側が家族に「呼吸状態が悪くなった時に人工呼吸器を装着しますか?」 「心臓が動かなくなった時に心臓マッサージはしますか?」 と尋ねる場面です。

家族は、 その場で初めて考える問いに、 答えなければなりません。 「本人だったら、 何を望んだだろうか」 — その問いに、 ほとんどの家族は迷い、 悩みます。

ACP が大切なのは、 こうした 重い決断を家族だけに背負わせないため でもあります。 事前に話し合っておけば、 家族は「本人の意思に沿って決めた」 と思える。 これは医療側から見ても、 家族にとっても、 本人にとっても、 大きな違いです。

DNAR — よく誤解される言葉を正しく理解する

DNAR (= Do Not Attempt Resuscitation) は、 日本語では「蘇生処置をしない意思」 と訳されます。 具体的には、 心臓や呼吸が止まったときに、 心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生処置を行わない という選択です。

よくある誤解

DNAR は、 しばしば「治療放棄」 と誤解されます。 これは正しくありません。

DNAR が指すもの・指さないもの
  • DNAR は 心肺停止時の蘇生処置に限定された意思表示
  • それまで行われていた治療やケア (= 痛みの緩和、 感染症の治療、 酸素投与、 点滴など) は これまで通り続けられる
  • 「もう何もしない」 ではなく、 「心肺停止という最終局面で、 蘇生処置を試みない」 という選択

なぜ DNAR を選ぶ人がいるのか

末期がんや重度の慢性疾患などで、 すでに 「自然な最期を迎えたい」 と本人が考えている 場合があります。 蘇生処置は、 現実には肋骨を折りながら胸を強く押し続ける処置で、 本人の身体に大きな負担をかけます。 そして、 蘇生処置はあくまで止まりかけた命をつなぎとめる行為で、 その状態を引き起こした もとの病気 (末期がん・重い心臓病・脳卒中など) を治すものではありません。 心臓をもう一度動かすことはできても、 もとになっている病気はそのまま残った状態になります。

「最後のときには、 これ以上苦しまずに、 静かに過ごしたい」 — そう望む方にとって、 DNAR は 本人の希望を医療側に伝える手段 になります。 逆に、 「最後の最後まで全力で蘇生を試みてほしい」 と望む方は、 DNAR を選ばなければよいだけです。

DNAR は撤回できる

DNAR は いつでも撤回できる意思表示 です。 気持ちが変わったら、 家族や医療スタッフに伝えれば、 いつでもやめられます。 「一度決めたら戻れない」 という選択ではありません。

リビングウィル — 文書化するという選択肢

リビングウィル (= living will) は、 自分の意思を 文書として残す ことを指します。 直訳すると「生前の遺書」 ですが、 財産の遺言とは別物で、 医療に関する希望を書き留めるものです。

何を書くか

特定の様式は法律で定められていませんが、 一般的に書かれる項目:

  • 病気が治る見込みがなくなったとき、 延命治療をどこまで望むか
  • 心肺停止時の蘇生処置について (DNAR の意思)
  • 人工呼吸器・人工栄養・人工透析などをどう考えるか
  • 痛みを和らげるための治療 (緩和ケア) は受けたいか
  • 自分の希望を代理で伝えてもらう人 (キーパーソン) は誰か

リビングウィルのひな形は、 日本尊厳死協会 が提供する書式 (同協会は会員制)、 医療機関や自治体が独自に用意している書式、 書籍や Web サイトで公開されている書式など、 複数のものから参考にできます。

文書化の限界も知っておく

リビングウィルは、 法律上の強制力を持つ書類ではありません (日本の現行法では、 医療の意思決定は本人または家族との話し合いで決まります)。 文書があっても、 医療現場では家族との話し合いが優先されることが多いのが実情です。

それでも文書を残す意味は、 「家族が判断に迷ったときの拠り所になる」 ことです。 「本人がこう書いていた」 という事実は、 家族の決断を支えてくれます。

何を話し合えばよいか — 具体的な論点

家族と話し合うとき、 漠然と「終末期について」 と切り出しても話は進みません。 次のような 具体的な問い に分けて考えると、 対話が始めやすくなります。

論点の層 考えるべき具体的な問い
治療の希望 ・治る見込みが極めて低くなったとき、 できる限りの治療を続けたいか、 自然な経過に任せたいか
・心肺停止時に、 蘇生処置を望むか
・人工呼吸器・人工栄養 (胃ろう・経鼻栄養) ・人工透析を、 どんな状況なら望むか・望まないか
・痛みや苦しみを和らげる緩和ケアは、 どこまで積極的に受けたいか
場所・過ごし方 ・最期を、 どこで過ごしたいか (自宅・病院・施設・ホスピス)
・認知機能が低下したとき、 どこで暮らしたいか
意思決定 ・自分の意思を代弁する人 (= キーパーソン) は誰か
・もしキーパーソンが先に倒れたとき、 誰が次の決定者か
・家族間で意見が分かれたとき、 誰の判断を優先してほしいか

これらの論点は、 「正解」 がある問いではありません。 本人の価値観・宗教観・人生観によって、 答えはまったく違います。 だからこそ、 本人に聞かないと分からないし、 聞ける時期に話しておく価値があります。

いつ、 どう話し合うか — きっかけの作り方

「縁起でもない話」 として避けられがちなテーマです。 でも、 避け続けていると、 いざというときに 本人不在で家族が背負う ことになります。 話し合いのきっかけは、 こんな場面で作れます:

  • 元気なうちに、 ニュースをきっかけに — 著名人の終末期報道、 医療制度のニュースなどを見たときに、 軽く話題に出してみる
  • 健康診断や持病の経過観察のタイミングで — 「もしもの話、 しておかない?」 と切り出す
  • 家族の病気や入院がきっかけになることも — 親世代の入院後、 自分も含めて家族で話す
  • 元気な高齢のご家族と — 還暦・古希などの節目に、 自然な流れで

一度で完結しなくていい

ACP の本質は 「繰り返し話し合う」 ことです。 一度の対話で答えが出なくて当然です。 何度かに分けて、 少しずつ深めていけば十分です。 「結論を出す」 のではなく、 「お互いの考えを知っておく」 ことが目的だと考えてください。

かかりつけ医にも伝える

家族で話し合った内容は、 できればかかりつけ医にも共有しておくと、 いざというときの医療判断に反映されやすくなります。

クスナビと終末期の意思共有について

クスナビは、 軽症〜中等症の在宅判断と日常の薬の管理を支援するアプリで、 終末期医療を直接の対象とはしていません。 本記事は、 クスナビをお使いいただいているご家族にも、 ぜひ家庭の備えとして知っておいていただきたいテーマとして書きました。

家族の健康情報を日常的に共有しておくこと (→ 家族で共有しておくべき健康情報) は、 ACP の話し合いを始めるきっかけにもなります。 日々の薬や持病の話を共有できる関係性が、 いざというときの重い話にもつながります。

まとめ

  • ACP (人生会議) は「死に方を決める」 ことではなく、 自分らしい生き方を最後まで貫くための、 家族・医療と繰り返す話し合いのプロセス
  • DNAR は「治療放棄」 ではなく、 心肺停止時の蘇生処置に限定した意思表示。 普段の治療は変わらないし、 いつでも撤回できる
  • リビングウィル は意思を文書化するもの。 法的強制力はないが、 家族の判断を支える拠り所になる
  • 話し合うべき論点は 治療の希望・場所と過ごし方・意思決定者 の三層に分けて考えると整理しやすい
  • きっかけは身近な場面でいい。 一度で完結させず、 繰り返し話す ことが本質
  • かかりつけ医にも共有しておくと、 いざというときに反映されやすい

このテーマに正解はありません。 本記事を読んで、 家族で 5 分でも話す時間を持ってもらえたら、 それで本記事の役割は果たされた と思います。 重い話に見えますが、 元気なうちに話せば、 それは「縁起でもない話」 ではなく、 「お互いを思いやる話」 になります。