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家族が突然倒れて救急車を呼んだ。病院に着いた直後、医師から立て続けに質問されます。「持病は何かありますか?」「普段どんな薬を飲んでいますか?」「アレルギーは?」「体重はだいたい何キロですか?」「最後に食事をしたのはいつですか?」 — その場で答えられず、頭が真っ白になった経験がある方は少なくないはずです。

医師として救急の現場に立つと、ご家族が答えられない情報のせいで、診療の判断が遅れたり、本来できる治療が制限されたりする場面を本当によく見ます。検査も投薬も、患者さんの背景情報があってこそ安全に進められるものだからです。

本記事では、医師が急変時に家族から必ず聞く情報を、なぜ聞くのか・どう共有しておけばよいかも含めて整理します。家族で一度共有しておくだけで、いざというときの医療がぐっと早く・安全に進むようになります。


急変時、医師が家族に必ず聞くこと

救急外来に運ばれた患者さんに対して、医師は数分のあいだに次のような情報を集めて、検査と治療の方針を決めます。

必ず聞かれる情報リスト

  1. 既往歴(過去にかかった病気・手術・入院歴)
  2. 服薬歴(普段飲んでいる薬すべて)
  3. アレルギー歴(薬・食物・造影剤など)
  4. 体重と身長
  5. 手術歴・体内に入っている医療機器(ペースメーカー・ステントなど)
  6. キーパーソン(本人の意思決定を代理できる家族)
  7. かかりつけ医・かかりつけ薬局
  8. 保険証や公費受給者証の場所
  9. 直近の食事時間
  10. 発症時の状況(倒れたときに何が起きていたか)

これらは「あれば便利」 ではなく、「答えられないと診療が止まる、あるいは安全側に振りすぎて遅れる」 情報です。一つひとつ、なぜ必要なのかを次に説明します。


なぜそれが聞かれるのか — 医療側の意図

1. 既往歴 — 隠れた病気を読み解く鍵

過去にかかった病気は、いま起きている症状の原因や、今後の合併症リスクを推測する大事な手がかりです。たとえば「以前、心筋梗塞をやった」 と分かれば、いま起こっている胸痛は再梗塞が原因かもしれないと考え、適切な検査につなげられます。「がんの治療歴がある」 と分かれば、転移や再発を念頭に置いた検査を組めます。

特に重要なのは、心疾患・脳血管疾患・高血圧・脂質異常症・糖尿病・がん・精神科の既往・手術歴です。これらは聞かれる頻度が高く、答えられないと診療の方向が定まりません。

2. 服薬歴 — 薬の重複・相互作用を防ぐ

普段飲んでいる薬の情報は、その場で出す薬を選ぶための必須情報です。特に重要なのが抗凝固薬・抗血小板薬(ワーファリン、エリキュース、リクシアナ、プラザキサ、イグザレルト、バイアスピリンなど)。これらを飲んでいる方が頭をぶつけたり大きな出血をしたりすると、対応がまったく変わります。

そのほかにも、心臓の薬・降圧薬・糖尿病薬・ステロイド・免疫抑制剤・ホルモン薬・精神科の薬など、いざというときの治療判断に大きく影響する薬がたくさんあります。

お薬手帳を一冊にまとめておくこと、そしてそのお薬手帳がどこにあるかを家族全員が知っていること、この二つが揃って初めて意味があります。

3. アレルギー歴 — 命に関わる投与を避ける

薬剤アレルギーや造影剤アレルギーは、知らずに投与すると アナフィラキシー を起こして命に関わります。食物アレルギーやラテックスアレルギーも、入院時や手術時の対応に影響します。

「ペニシリンで蕁麻疹が出た」「造影 CT で気分が悪くなった」 など、過去にどんな薬で何の症状があったか、家族で共有しておくことが大切です。

4. 体重と身長 — 薬の量・点滴の量・造影剤の量を決める

体重は 薬剤投与量・点滴量・造影剤量 の計算に使う基本情報です。身長と組み合わせて算出する 体表面積(BSA) も、抗がん剤など一部の治療では必須です。

「だいたい何キロ」 が分かれば十分なので、家族が 直近の体重を把握しておく だけで、診療が動きやすくなります。

5. 手術歴・体内に入っている医療機器

過去の開腹手術歴は、腹部の癒着の可能性を示し、再手術や腹痛の鑑別に影響します。ペースメーカー・体内除細動器(ICD) の有無は、MRI 検査の可否を分けます。ステント・人工関節・人工弁 なども、抗血栓治療や感染症対策に関わる重要な情報です。

これらは患者本人ですら忘れていることがあるので、家族と一緒に整理しておく とより確実です。

6. キーパーソン — 意思決定の代理人

意識がない・判断能力が低下している患者さんに対して、検査の同意・手術の同意・終末期の方針などを決めるとき、医師は 「本人の意思を代弁できる家族」 に話します。これがキーパーソンです。

複数の家族がいる場合、「誰がキーパーソンか」 を家族間であらかじめ決めておく と、いざというときに方針が割れません。連絡先(電話番号)も最新のものを共有しておきましょう。

なお、独居の方・高齢のご夫婦のみで暮らす方・施設に入所中の方 の場合は、

  • 別居している子・きょうだい・甥姪などのうち、誰に最初に連絡するかを本人と決めておく
  • 高齢のご夫婦の場合は 「お互いがキーパーソン」 だが、片方が倒れたときの次点(別居の子など)も決めておく
  • 施設入所中の方は、施設のスタッフが医療機関に付き添うことが多いため、施設にも家族の連絡先を共有しておく

など、状況に応じた備えが必要です。「キーパーソンが決まっている / 連絡先が分かる」 状態を作っておくこと自体が大切です。

7. かかりつけ医・かかりつけ薬局

急変したとき、運ばれた先の医師が、患者さんの過去の診療内容や持病の詳しい情報を問い合わせる相手になります。かかりつけ医の医療機関名と電話番号 を家族で共有しておくと、入院後のフォローもスムーズです。

8. 保険証や公費受給者証の場所

入院や検査の手続きで必ず必要になるのが保険証です。後期高齢者医療被保険者証、公費負担医療(難病・自立支援など)の受給者証、限度額適用認定証なども含め、「あの引き出しに入っている」 という保管場所を家族全員が知っている だけで、初動の手間が大きく減ります。

9. 直近の食事時間

緊急手術や全身麻酔が必要になったとき、直近の食事から十分な時間が空いていないと、麻酔中の誤嚥のリスク が上がります。「最後に食べたのは何時で、何を食べたか」 は、緊急手術の判断を左右する情報です。

10. 発症時の状況

「倒れる前、何をしていたか」「どう倒れたか」「意識はどれくらいの時間なくなっていたか」 — これらは、てんかん・脳卒中・心停止・薬剤性・低血糖など、原因疾患を絞り込む重要な手がかりです。目撃したご家族の証言が、唯一の情報源 であることもよくあります。


どうやって家族で共有するか — 実践編

ここまで読んで、「11 項目もあるのか」「家族と話したことがない」 と思った方が多いはずです。実は、全部を一度にやろうとすると挫折するので、段階的に進めるのが現実的です。

ステップ1: 「集約場所」 を一つ決める

まずは家の中で、家族の医療情報を集約する場所 を一つ決めます。冷蔵庫のドア・玄関の引き出し・リビングの決まった棚など、家族全員が「あそこに入っている」 と認識できる場所が理想です。

そこに、

  • 全員のお薬手帳
  • 保険証や受給者証(原本ではなくコピーでも可)
  • かかりつけ医の連絡先メモ
  • 既往歴・アレルギー・キーパーソンを書いた紙(後述)

をまとめて入れておきます。

ステップ2: 一枚の「医療情報シート」 を書く

家族一人ひとりについて、以下の項目を 1 枚の紙にまとめます。手書きでも構いません。

氏名:
生年月日:
血液型:
身長 / 体重(直近):
既往歴(過去の病気・手術・入院):
普段の薬:
アレルギー(薬・食物・造影剤など):
体内に入っている医療機器(ペースメーカー等):
かかりつけ医(医療機関名・電話番号):
かかりつけ薬局:
保険証の保管場所:
キーパーソン(緊急時の意思決定代理人):
キーパーソンの電話番号:

これをそれぞれ書いて、ステップ1の集約場所に置いておきます。

ステップ3: 年に一度、見直す

健康情報は変わります。新しい薬を飲み始めた、手術を受けた、住所や電話番号が変わった、キーパーソンの状況が変わった — こうした変化を反映させるため、年に一度は見直す日 を決めておくと安心です。誕生日・結婚記念日・年末年始など、思い出しやすい日を「医療情報の更新日」 にするのがおすすめです。

ステップ4: アプリで一元管理する選択肢も

紙での管理は確実ですが、家族の人数が多かったり、複数の医療機関にかかっていたりすると、紙での管理は複雑になります。クスナビでは、家族の薬・既往歴・アレルギーをアプリ内で一元管理 できる機能を提供しており、紙の管理を補完する手段として活用できます。

ただし、アプリは紙の代替ではなく、両方使う ことを推奨します。電池切れやアプリのトラブルで使えない可能性も考えて、紙の医療情報シートも合わせて備えておく のが、いざというときに後悔しない準備です。


終末期の意思共有は、別記事で

家族で共有しておくべきもっと深い領域として、「もし意識がなくなったとき、どこまで医療を望むか」 という終末期の意思共有(ACP / DNAR / リビングウィル)があります。これは本記事のスコープから外れる重い領域ですが、家族の備えとして避けて通れないテーマです。別記事で詳しく扱いますので、興味のある方はそちらもご覧ください(→ 終末期の意思共有 — ACP / DNAR / リビングウィル)。


まとめ

  • 急変時に医師が必ず聞く情報は 10 項目 あり、答えられないと診療が遅れる
  • 特に重要なのは 既往歴・服薬歴(抗凝固薬!)・アレルギー・体重・体内デバイス・キーパーソン
  • 家族で共有するには、まず 家の中に集約場所を一つ決める
  • 一人ずつ 医療情報シートを 1 枚書く(手書きで OK)
  • 年に一度、見直す日 を決めておく
  • アプリと紙の両方で備える(クスナビは情報の一元管理に活用可能)

これは「億劫だけれど、やったら安心がぜんぜん違う」 種類の準備です。今日この記事を読んだのを機に、まずは集約場所を決めるところから始めてみてください。30 分あれば、家族全員分の医療情報シートが完成します。


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